レシピには書かれていない「まさき村」の温かさ。
~村長が残した見えない種と、時代を継ぐ者たちの覚悟~

■レシピには書かれていない温かさ
2009年10月28日、松前町に地産地消ショップ『まさき村』がグランドオープンしました。
「地域の皆様方に愛されるお店になれるよう、スタッフ一同頑張ります」
オープン前日、『村長日誌』にそんな決意を綴りつつも、「硬い挨拶はこのくらいにして」とすぐに前置きし、商工会女性部の協力で作った「おいし~い いも炊き」でお客様を歓迎しようとする、一人の人物がいました。
それが、まさき村の「初代村長」です。
村長は、とにかくユーモアにあふれた人でした。
寒い日にはブログでキムチ鍋を勧めつつ、「(私もこの時期のお休みの日は、決まってお鍋です。なぜなら、奥さんが手抜きできるから・・・)」とこぼしてお客様をクスッと笑わせる。雨で客足が鈍る日には、オリンピックのフィギュアスケートの話題に触れ「浅田真央ちゃん残念でしたね。でもまだまだこれからだと思うので、是非がんばってほしいです」とエールを送る。
決して飾ることなく、いつも『まさき村』がみんなに愛されるようにと願い、
お客様や農家のために一番に動く人。
12月のもちつき大会では、地元の消防署の方や子どもたちが手伝いに来てくれたことに目を細め、その日の売上の一部を東北大震災の義援金として寄付するような、常に社会や地域と共にあるお店づくりを体現していました。
だからこそ、出荷者からの信頼も圧倒的に厚かったのです。
お店に行けば、あの『村長』がいる。
美味しい野菜だけでなく、その温かい空気に触れたくて、多くの人が『まさき村』に足を運びました。
■泥臭く生み出された、町の誇り

この温かいコミュニティの中で、今から十数年前、ある熱いプロジェクトが産声を上げました。
松前町の地域資源をふんだんに使った「ここでしか買えない、こだわりのコロッケ」を作るという挑戦です。ただ満腹になるだけでなく、松前の大地と海原の恵みを感じ、食卓に安心感と満足感を届けること。そして、大飢饉の際に自らの命を犠牲にして麦種を残した偉人「義農作兵衛」の精神を受け継ぐこと。この夢の実現のため、異業種の職人たちが集結しました。
独特の「ぷりぷり感」を生み出す、はだか麦栽培のプロフェッショナル、Hさん。
風味豊かなたまねぎを育てるプロフェッショナル、Nさん。そして、半世紀にわたり珍味製造を手がけてきた、食品加工のプロである「まさき村の社長」です。
その道のりは決して美しいものではありませんでした。
まさき村の厨房に集い、幾通りもの調理法を試行錯誤する日々。
試食会では、メインターゲットである40代の女性パート従業員たちから、忖度のない貴重な意見が飛び交いました。
松前の宝である「はだか麦」の風味をどう生かすか悩み抜き、
たどり着いた「焙煎したはだか麦を加える」という答え。
一方で、もう一つの特産品である「ちりめん(シラス)」を合わせる試みは、どうしても臭気の問題が解決できず、妥協せずに断念するという悔しい挫折も味わいました。
泥臭い試行錯誤と、地域の素材への愛情。
そうしてようやく完成したのが「3代目さくべえコロッケ」でした。
それは間違いなく、当時の村長や農家さん、そして町を想う情熱がギュッと詰まった
「町の誇り」でした。
■消えかけた灯と、私の小さな変化



しかし現在、まさき村の店頭に「3代目さくべえコロッケ」の姿はありません。
時代とともに移り変わる製造環境やお客様のニーズの壁に直面し、あの熱狂の中で生まれたコロッケは、惜しまれながらもその役目を静かに終えたのです。
当時の泥臭いプロセスを知る人からすれば、それは少し寂しい現実かもしれません。
けれど、村長たちが当時のプロジェクトで蒔いた「松前のはだか麦の可能性を届ける」という熱意と、「義農作兵衛の精神」という見えない種は、決して絶えてはいませんでした。
その想いは形を変え、現在は「さくべえラーメン」や「はだか麦うどん」として、今のまさき村の棚にしっかりと並び、新しいお客様の手に取られています。
そして、
まさき村にあの太陽のような初代村長の姿もありません。
時は令和。2026年。開店から18年。
かつてみんなを引っ張ってきた村長が不在となった店内は今、少し寂しげです。
「地元に愛されるお店である」と願った村長の意思は薄れ、商業施設の従業員ですら存在を知らないほどに。近年の物価高騰や少子高齢化の波、そして日々の忙しさに埋もれ、かつての「賑わいの灯」が消え掛けているのが現実でした。
包み隠さず本音を言えば、野菜や産直市場が大好きな私自身も、少し前まで「今のまさき村」には全く魅力を感じていませんでした。
かつての村長が持っていた温かさも、出荷者さんたちの熱い想いも伝わってこない。
ただ淡々と営業しているだけの場所に見えていたからです。
けれど、仕事として深く関わり、少しだけ見方を変えてみた時、
気づけば、誰よりもこのお店の魅力を発信している自分がいました。
本来は人見知りなはずの私が、農家さんたちと積極的にコミュニケーションを取り、信念を持ち野菜と向き合う彼ら一人ひとりのことを「大好き」になっていたのです。
今では、誰かが「まさき村」に少しでも興味を示してくれただけで、勝手に興奮して言葉が溢れ出してしまうほど。毎日誰かにこの熱量を共感してほしくて、「まさき村ってねー!」と伝えたい衝動に駆られ、ウズウズしています。
気づけば私も、「まさき村を守りたい」と強く願う一人になっていました。
■重いバトンと、もう一度立ち上がる覚悟



そして、その想いを誰よりも重く背負い、もがき苦しんでいる人がもう一人います。
あの偉大な初代村長から『まさき村』の経営という重いバトンを託された「現社長」です。
社長自身もすでに高齢となり、様々な事業を抱える中で、「まさき村」の立て直しだけに今すぐ注力することは現実的に難しい状況です。経営者としてどんなに豊富な経験や知識があっても、地域から愛されたあの村長の圧倒的な存在感と比べてしまえば、「自分なんてまだまだひよっこだ」と痛感してしまう。それでも、社長は決断しました。
「この店を守る」と。
たとえ形を変えてでも、まさき村が松前町にあり続ける意義がある。
一人では難しいけれど、お店の根底にある「人のつながり」や「温かさ」という”種”は絶対に絶やしてはならない。
村長の意思を理解し、産直市場や農家さんへの信頼、青果の大切さを分かち合える新しい仲間と共に、社長は再び立ち上がる覚悟を決めました。
今、まさき村は大事な局面を迎えています。
まさき村の存在する意味は、ただの「場所」でしょうか。
それとも、受け継がれる「意思」でしょうか。
私たちはこの「まさき村」を守り続けていくと決心しました。
正面から厳しい現実に向き合い、正直に助けを求め、「魅力」を追求し伝えていきます。
あなたにとって「まさき村」とは何ですか?
どうか、あなたの飾らない「声」を私たちに教えてください。



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