STORY02|通過される町の、通り過ぎることのできない温かさ。

未分類

通過される町の、
通り過ぎることのできない温かさ。
―「こだわりはない」と笑う農家と、
徳丸地区の体温―

ここは松前町の東のはずれ、徳丸地区。
砥部町へ向かう通過点であるこの小さな地区ですが、一度足を踏み入れると、不思議とそのまま通り過ぎるのがもったいないような気持ちになります。
見渡す限り畑しかないのに、どこからか

「おかえり」
「毎日お疲れさん、ゆっくり休んでいきー」

と声をかけられているような、目には見えない安らぎ。上手く言語化はできないけれど、間違いなくそこにある『徳丸だけの特別な空気』が、この地区には流れています。
道を歩けば、右も左も畑。全体世帯数の10%が農業に携わり、町の一次産業を静かに支えています。

皆さんは「農家さん」にどんなイメージを持っていますか?

野菜好きの私にとっては、「羨ましい」の一言に尽きます。

実家は街中で、両親は農業とは無縁のビジネスパーソン。
ですが、私のルーツには、定年退職後に野菜作りを始めた祖父の存在があります。

土に触れ、生き物として野菜に真っ直ぐ向き合う祖父の姿勢と、その野菜の美味しさは、今でも私の中の「一本の指針」になっています。

だからこそ、私にとって農家さんはリスペクトの対象です。
けれど、実際に農家の家に生まれた人たちに話を聞くと、返ってくるのは綺麗事ではない「しんどい」「きらい」というリアルな本音だったりします。

徳丸地区の農業組合副理事、木下さんもそうでした。

「実家が農家だから仕方なく始めた。家族を養うためなら仕事はなんでもよかった」

一年悩んで決断した道。しかし待っていたのは、孤独との闘いでした。今の時代のようにスマホで調べれば何でも分かるわけじゃない。
師匠であるはずのお父様ですら簡単に教えてくれない、「背中で語る」職人の世界。
父親には反対されながらも、指導員さんに手帳と鉛筆を持って必死に付いて回ったそうです。それだけ泥水をすすっても一人前と認められるには遠く、対価も少ない。
「だから、自分の子ども達には絶対に農業はさせない」と心に誓った過去。
木下さんがぽろっと漏らしたその言葉に、農業のリアルなもどかしさと、途方もない重圧が滲んでいました。

「徳丸地区で今のやり方の農業ができるのは、あと5年くらいだと思う」

 木下さんは静かにそう続けます。
本業として農業を続けるには、広大な土地と機械が必須です。1台約800万円もするコンバインを、米麦でどうやって維持していくのか。その圧倒的な壁を前に、徳丸の農家たちはひとつの答えを出しました。

「先祖代々の土地はある。なら、地域で機械を持ち、維持・管理していこう」

みんなで作り、助け合い、分かち合う。
現在、徳丸地区75ヘクタールのうち、なんと53ヘクタールの麦を組合で共同播種、収穫しています。
しかし、その共同作業の現場は、決して美しいばかりのものではありません。

特にはだか麦の収穫時期。
舞い上がる激しい粉塵と、容赦ない日差し。
農家さんたちは、麦の粉が体に付くとチクチクと激しく痒くなる「はしかい」状態から身を守るため、マスクにサングラス、首にはタオルを巻き、顔の表情すら分からないほどの完全防備で過酷な作業に向かいます。
それでも、平均年齢70歳の組合の合言葉は、

「頑張って麦作って、荒れた田畑がないようにしよう」

農業を始めて26年間。
今まで満足する対価をもらったことはないかもしれない。
けれど、先祖から受け継いだこの土地を守るため、そして可愛い孫や仲間のためなら、身体が痛くてもしんどくても頑張れる。
そう語る木下さんの笑顔には、何にも負けない逞しさがありました。

かつて孤独に苦しんだ彼らだからこそ、次の世代へと注がれる彼らの眼差しは、どこまでも温かいものです。 近隣の幼稚園の子どもたちと泥んこになって苗を植え、秋には一緒に収穫して笑い合う。

さらに、木下さんが手を差し伸べるのは子どもたちだけではありません。

近隣の地域で奮闘する若手農業者たちに対しても、その眼差しは優しく向けられています。木下さんが彼らと接する時に大切にしているのは、「過度な干渉はせず、経営が成り立つように全力で応援する」というスタンスです。 先輩から「こいつの面倒みてやれ」と託されれば、二つ返事で「はい、分かりました!」と引き受ける。けれど、昔ながらのやり方を頭ごなしに押し付けるようなことは決してしません。次世代の若者たちが自らの足でしっかりと立ち、新しい農業の形に挑戦できるよう、少し離れたところから見守り、必要な時にだけそっと背中を押すのです。

気難しくて頑固な職人、というイメージはここにはありません。
背中で語りながらも、広くて深い懐で次世代を包み込んでくれる温かいコミュニティが、ここにはあります。

以前、この地区に住む若いお母さんに「近所のお付き合い、大変じゃないですか?」と尋ねたことがあります。 彼女は、
「大変でした。びっくりしました。でも……たくさん『してもらった』んです」
と笑いました。
男性が前に出て動き、女性がそれを力強く支える。
今の時代と逆行しているように見えるかもしれませんが、ここには理屈を超えた確かな絆があります。


水源豊かな松前町が育む、はだか麦、えだまめ、レタス。
畑にカラスエンドウ1本生えることも許さない、農家さんの厳しい目と信念
レタスを収穫した後のトンネルと肥料をそのまま枝豆に活かす、無駄のない動き。
自分の作品に命を懸けているからこその、瑞々しく凛とした野菜たち。

その話を、身を乗り出すようにして聞いていた私に、木下さんはふっと目を細めて言いました。

「野菜の話を、こんなに面白そうに聞く女性は、宮内さんが初めてやわ」

その瞬間、私の頭の中に、かつて私の指針となってくれた祖父の姿が自然と重なりました。
私が野菜の話にこれほどワクワクしてしまうのは、あの頃の温かい記憶があるから。
そして目の前にいる木下さんもまた、あの頃の祖父と同じ、生き物として野菜に真っ直ぐ向き合う目をしていたからでした。
私の視線に少し照れくさそうに、木下さんは続けてこう笑うのです。

「どんなこだわりがあるか聞かれるのが一番困るんよ。当たり前のものを当たり前に作っとるだけやから。僕は、一切のこだわりはないよ」

その言葉の奥にある、静かで熱い誇りが、とても格好良く響きました。
初めて訪れた人にも感じる、圧倒的な安心感。
ただの通過点だったはずのこの地区には、通り過ぎることのできない、本物の人の体温がありました。


■ ヒト・コトDiary STORY02の公開を記念して、徳丸地区の体温と農家さんの誇りが詰まった「松前町産はだか麦」の販売を開始します。
まずはいつもの白米に混ぜて、彼らが「当たり前に作った」真っ直ぐな美味しさを、あなたの食卓で試してみてください。

【ヒト・コトGIFT】公式オンラインショップ
https://hitokotogift.base.shop/

Comments